大判例

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水戸地方裁判所 平成元年(わ)30号 判決

本籍及び住居

茨城県稲敷郡桜川村大字阿波一四〇〇番地

医師(元病院経営)

秋本優

昭和二三年五月二八日生

本籍及び住居

茨城県稲敷郡桜川村大字阿波一四〇〇番地

無職

秋本ハツ子

大正四年三月一三日生

右両名に対する各所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官粂原研二出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人秋本優を懲役二年及び罰金一億円に、被告人秋本ハツ子を懲役二年に処する。

被告人秋本優においてその罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から、被告人秋本優に対し五年間その懲役刑の執行を、被告人秋本ハツ子に対し五年間その刑の執行をそれぞれ猶了する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人秋本優は、茨城県稲敷郡桜川村大字阿波一二九九番地において、「江戸崎病院」の名称で精神科及び内科の医業を営んでいたもの、被告人秋本ハツ子は、被告人優の母親であって右病院の経理全般を掌理していたものであるが、被告人両名は共謀の上、被告人優の所得税を免れようと企て、収入の一部を除外し架空経費を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、

第一  昭和六〇年三月一五日、茨城県竜ケ崎市川原代町一一八二番地の五所在の竜ケ崎税務署において、同税務署長に対し、昭和五九年分の実際総所得金額が二億三二三八万一四一九円であったにもかかわらず、その総所得金額が四七四二万六五二三円で、これに対する所得税額が九三〇万六八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億三六七八万七〇〇〇円と右申告税額との差額一億二七四八万〇二〇〇円を免れ、

第二  昭和六一年三月一五日、前記竜ケ崎税務署において、同税務署長に対し、昭和六〇年分の実際総所得金額が二億七〇一一万八〇二二円であったにもかかわらず、その総所得金額が九二三二万八七一二円で、これに対する所得税額が二七七六万五八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億五一九四万三〇〇〇円と右申告税額との差額一億二四一七万七二〇〇円を免れ、

第三  昭和六二年三月一六日、前記竜ケ崎税務署において、同税務署長に対し、昭和六一年分の実際総所得金額が二億四六七五万〇一六八円であったにもかかわらず、その総所得金額が八八三六万六六一八円で、これに対する所得税額が二四七〇万四四〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億三五一七万七六〇〇円と右申告税額との差額一億一〇四七万三二〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

一  被告人両名の当公判廷における各供述

一  第一回公判調書中の被告人両名の各供述部分

一  被告人秋本優(六通)及び同秋本ハツ子(四通)の検察官に対する各供述調書

一  被告人秋本優(三四通)及び被告人秋本ハツ子の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  藤田精一(二通)、鈴木幸江、小野茂男(三通)、梅沢庄三郎、雪田美保子、鈴木信子、中島すみ江、神田薫、酒井亨及び秋山正喜の検察官に対する各供述調書

一  藤田精一(二通)、小野茂男(七通)、石毛則男、内藤清、内山静子、今泉雅申及び大塚正人の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  大蔵事務官作成の脱税額計算書(三通)、修正損益計算書(三通)及び調査書(二九通)

一  茨城県竜ケ崎税務署長作成の証明書(七通)及び回答書

一  検察事務官作成の電話聴取書

一  茨城県稲敷郡桜川村長作成の戸籍謄本

一  押収してある金銭出納帳三冊(平成元年押第五一号の1、3、4)及びノート一冊(同押号の2)

(患者小遣費についての補足説明)

一  弁護人は、江戸崎病院の入院患者から徴収している患者小遣費は、患者の希望に応じて日用品や嗜好品等を購入する際に支出し、患者が退院する時点で剰余があればそれを返還しているのであるから、被告人優の収入から控除されるべきである旨主張する。

二  そこで検討するに、大蔵事務官作成の売上金額調査書などの関係各証拠によれば、次の各事実が認められる。

1  検察官が被告人優の収入の一部を構成するものとして計上している患者小遣費(昭和五九年分三九六七万四一八四円、昭和六〇年分四四六八万七一八〇円、昭和六一年分三五〇五万八六八五円)は、〈1〉患者小遣費という名目で月額一万五〇〇〇円を標準として(患者側の経済状態によっては右金額よりも少額の場合がある。)、患者の家族が江戸崎病院の窓口に持参あるいは送金したもの、〈2〉生活保護を受給している患者については、福祉事務所から代理受領者である江戸崎病院長秋本優名義の普通預金口座に振込送金される入院患者日用品費(月額約二万円)のうち払戻しを受けたもの、〈3〉国民年金及び厚生年金を受給している入院患者については、江戸崎病院事務長小野茂男らが現金で代理受領したもの、あるいは入院患者名義の郵便貯金口座に振込送金されたもののうち、払戻しを受けたもの、〈4〉桜川村から福祉手当または高額医療費を受給していた患者については、その払戻し分を小野事務長が現金で代理受領したもの、以上四種類を合計したものであること(ただし、いったん現金で受領した後に患者の預金口座に預け入れたもの、患者の国民健康保健税を立替納付したもの、退院者に返還したもの及び患者の自己負担分の医療費に充当したものを除く。)。

2  右1の各方法で徴収した現金(以下これらを総称して「患者小遣費」という。)は、すべて江戸崎病院の経理を掌理していた被告人ハツ子のもとに届けられ、同被告人は、これを医療収入による現金などと区別することなく一緒にして自宅で保管していたこと。

3  被告人ハツ子は、医療収入による現金の一部を患者の日用品や嗜好品等の購入の際に支出する一方、患者小遣費のごく一部を被告人両名の生活費などに充てていたこと(なお、検察官は、患者の日用品や嗜好品等の購入のために支出した金額は費用として計上している。)。

4  さらに、被告人ハツ子は、患者の日用品や嗜好品等を購入していない場合にも、患者小遣費の使途を記載する患者小遣帳にそれらを購入したかのように虚偽の記載をして、その分の患者小遣費を被告人優のための株やワリコーの購入などに充てており、このように不正に費消して患者に返還しなかったものは、患者小遣費のうちかなりの部分を占めること。

右認定のとおり、被告人ハツ子は、患者小遣費を医療収入による現金などと区別することなく一緒に保管し、その大半を患者の日用品や嗜好品等の購入という本来の用途以外(特に、被告人優のための株やワリコーの購入)に費消していたのであるから、患者小遣費は、医療収入と同様に被告人ハツ子が現実に支配管理し、いつでも被告人両名ないし江戸崎病院のためにこれを費消できる状態にあったと認められる。そうすると、患者小遣費が医療収入などとともに被告人優の収入の一部を構成することは明らかであって、弁護人の前記主張は採用できない。

三  ところで、被告人優は公判廷において、本件各犯行の当時、前記二2、3のように被告人ハツ子が患者小遣費と医療収入による現金を区別して取り扱っていないことを知っていたことは認めている(第六回公判)が、被告人ハツ子が前記二4のような不正行為をしていることの認識については、捜査及び公判を通じて否認している。

しかしながら、証拠の標目記載の関係各証拠によれば、次の各事実が認められる。

1  昭和五七年九月に江戸崎病院の開設者である秋本文夫が死亡して間もなく、被告人優と右病院の跡目争いをした同被告人の実兄秋本宏が茨城県衛生部医務課に対して、被告人優や江戸崎病院の問題点を指摘した上申書(その中には患者小遣費の使途に疑問がある旨の指摘が含まれている。)を提出したことから、そのころ被告人優は、右医務課において患者小遣費の使途を含め右上申書で指摘されていた点について事情聴取を受けており、そうすると、被告人優は被告人ハツ子が患者小遣費をどのように使っているか重大な関心を持ったと考えられること。

2  被告人優は、遅くとも昭和五九年ころから、時たま月末などに被告人ハツ子から一か月間の収支を教えてもらったり、同被告人が真実の収支を記載していた金銭出納帳(その中には患者小遣費の中から株やワリコーを購入した金額の記載もある。)も見たりしていたこと。

右認定の各事実に加えて、被告人両名は親子で肩書住居地の自宅で同居していたこと(なお、被告人優は公判廷において、本件各犯行のなされた昭和五九年から昭和六一年当時は一週間のうち三分の二くらい自宅に帰っていた旨供述している。)、江戸崎病院における被告人優の院長という立場などを併せ考えると、被告人優は、遅くとも本件各犯行の当時までに、被告人ハツ子が患者小遣費について前記二4のような不正行為をしていることを認識していたと認められる。

以上のとおり、被告人優は、患者小遣費の益金性を基礎付ける事実(前記二2ないし4)をすべて認識していたと認められる。

(法令の適用)

被告人秋本優の判示各所為は、いずれも刑法六〇条、所得税法二三八条一項に該当するところ、各所定刑中いずれも懲役刑と罰金刑とを併科し、かつ、判示各罪につき情状により同条二項を適用することとし、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示各罪所定の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で同被告人を懲役二年及び罰金一億円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二〇万円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置することとし、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から五年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

被告人秋本ハツ子の判示各所為は、いずれも刑法六五条一項、六〇条、所得税法二三八条一項に該当するところ、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で同被告人を懲役二年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

本件は、「江戸崎病院」の名称で精神科及び内科の医業を営んでいた被告人優と同被告人の母親で右病院の経理全般を掌理していた被告人ハツ子が共謀の上、被告人優の所得につき、三年分にわたり合計三億六〇〇〇万円余りをほ脱したという事案であり、ほ脱率も通算して約八五パーセントと高率である。その犯行態様は、伝票類を破棄、改ざんし、あるいは架空の領収証を作成するなどして、収入の一部を除外し架空経費を計上する所得秘匿行為をした上、所得金額を過少に記載した所得税確定申告書を提出するという計画的で悪質なものである。とりわけ、被告人ハツ子は、右のような所得秘匿行為のほとんどを実行している上、これらは半ば常習的に敢行されたものと認められ、同被告人の納税意識の欠如は甚だしいといわなければならない。また、被告人優は、被告人ハツ子が右のような不正経理をしていることを知りながら、脱税の利益にあずかりたいと考えてこれを容認していただけでなく、取引先の印章を偽造して架空の領収証の作成に積極的に協力するなどしており、被告人優にも納税者としての自覚が欠如しているといわざるを得ない。本件犯行の主な動機は、将来のための資産蓄積ということであるが、これも特に斟酌すべき事情とは認められない。そして、本件のような脱税事犯は誠実な納税者の納税意欲を喪失させる反社会的な行為であることをも併せ考えると、被告人両名の刑事責任は重大であるといわなければならない。

しかしながら、他方、現在では修正申告をして本税、加算税を納付していること、被告人優は江戸崎病院の経営から、被告人ハツ子は同病院の経理から手を引いており、被告人両名は本件犯行を反省悔悟していること、被告人優には交通事犯による罰金刑以外に前科がなく、これまで地域医療に貢献してきたこと、同被告人は本件が大きく報道されたことにより社会的制裁を受けている上、判決確定により医師法に基づく行政処分を受けると予想されること、被告人ハツ子には前科前歴がなく、高齢で心臓弁膜症などの持病があることなど被告人両名に有利ないし酌むべき事情も認められ、これらの諸事情を総合考慮すると、被告人両名に対しては、今回に限り特に懲役刑の執行を猶予してその自戒に期待するのを相当と認め、主文のとおり量刑した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹重誠夫 裁判官 小野田禮宏 裁判官 中里智美)

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